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共感するということ~アフターコロナ~

Updated: Sep 22, 2023



みなさんへ、

「パンデミック」という大荒波の中を安全に航海する我々の船に乗船いただき、ありがとうございます。


コロナ禍で、私たちの生活は一変しました。社会も変わりました。パンデミック後の新しい世界に入った私たちは、これまで慣れ親しんできた世界とはまったく異なるもので、おそらく表面上はそうでなくても、その根底には、私たちの生き方や関わり方に大きな変化が生じ、新しく、これまでに経験したことのない、おそらく苦難の海へと舵を切ることになるでしょう。


一方で私たちの脳には元来、生き伸びようとするコードがインプットされており、感染症拡大の中で、この原始的な本能がより強化され、すべての人類に影響を与えたことは間違いありません。私たちの社会を徐々に変えてきた個人主義は、コロナの隔離期間中、まさに、ロケットの燃料を手に入れたかのような勢いで台頭しました。世界経済の状況は悪化し、インフレが進み、社会は分裂し、家族や友人は離れ離れになり、私たちは皆、恐怖に怯えました。恐怖を感じるとき、人は本能的に自分を守ろうとし、周囲に壁を作り、最悪の事態が収まるまで身構えるものです。


多くの人々にとって、この守られた自身の殻から抜け出すには相当な時間がかかります。そして、我々はそれを理解することが大切です。互いに助け合って恐怖を和らげることを優先的に考える必要があります。皮肉なものですが、テクノロジーが発達し、個人主義が進む今こそ、集団という概念が重要なのだと思います。


「共感」というのは難しい。本当にそうです。批評家は、他人に100%共感するのは非現実的だと言います。なぜなら、まったく同じ苦難を経験したことがない限り、他人の気持ちをすべて理解することは不可能であるから、と。でも、私はそうは思いません。原因が何であれ、人間は同じ感情を抱くものです。経験する苦難のレベルの違いはあれど、痛みや恐怖、心配、不安などの感情に反応する、体内からくる化学反応は同じなのです。経験は全く同じでなくても、気持ちは同じなのです。


つい最近まで、「集団」という定義は、人々の生存のために必要不可欠なものであり、私たちは自分の命がかかっている以上、「共感」を表すことで、その集団を保ってきました。しかし、パンデミックはその逆を唱える形になり、その結果に、今私たちは苦しんでいるのです。 ですから、我々は努めて、一日一日、一瞬一瞬、他者に心を開き、相互のかかわりあいがもたらす結果を受け入れましょう。それは、このような親密な関係が産み出す帰属意識、すなわち、「安全」、「協力」、「信頼」という大きな報酬が得られるからです。


「怒り」か「共感」、どちらかを選ぶのならば、「共感」を選ぼう。 「利己的」か「無私」か、どちらかを選ぶのならば、「無私」を選ぼう。 「話す」か「聞く」か、どちらかを選ぶのならば 、「聞く」ことを選ぼう。 「奪う」か「与える」か、どちらかを選ぶのならば 、「与える」ことを選ぼう。 「落胆させる」か、「励ます」か、どちらかを選ぶのならば、「励ます」ことを選ぼう。

”人間の本質、その本質は、他人の痛みを自分の痛みとして感じ、その痛みを取り除くために行動することである。「思いやり」には気高さがあり、「共感」には美しさがあり、「寛容」には優雅さがある” (引用:ジョン・コナリー)


ヤクセリー ニコラス

人事部長 兼 共同創設者

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